茄子苗を愛でるごとく妻は植え | かぎやで風・NPO法人クリオン虹の基金

遠い人にも身近な友にも[コラム]~~かぎやで風~~

石を踏んだ足の痛みではなく、踏まれた石の痛みに軸足を置きながら、その折々、考えたこと、言うべきことを記します。

茄子苗を愛でるごとく妻は植え【No.285】

2017.05.21

〈小満〉2017/05/21
 私はハンセン病問題で講演する機会が多い。その折のレジュメの最後のメッセージで、ブルーノ・ヤセンスキー著『無関心な人々の共謀』の題句に触れる。
 私がこの掲句を引用するのは、日本のハンセン病問題が、なぜこれほど長期にわたって放置されてきたのか? その原因を根本から問い直したいとの問題意識による。多くの識者は、「国家政策」の過ちと断罪して結論としている。私はあえて、そのだけの認識でいいのだろうか? それでは、「国」とは何か? 「国」を構成しているのは、誰か? 一世紀近くに渡って、この国がこの過った政策を堅持できたのは、なぜか? 「国民の無関心という容認責任」はないのだろうか? と、問う意味で、この掲句を引用している。
 いわゆる「無関心」が引き起こした歴史の過ちの責任についてである。
  “敵を恐れることはない…敵はせいぜいきみを殺すだけだ。
 友を恐れることはない…友はせいぜいきみを裏切るだけだ。
 無関心の人々を恐れよ…かれらは殺しも裏切りもしない。
 だか、無関心な人びとの沈黙の同意があればこそ、
 地球上には裏切りと殺戮が存在するのだ。”
             (ブルーノ・ヤセンスキー『無関心な人々の共謀』)
 この言葉は、私の第2作目の『夏椿、そして』(NHK出版 1998年刊)に、友人から寄せられた読後感に記されていたことによって知ったが、この題句はまた、『ピテカントロープ最後の皇帝』(ロベルト・エバハルト)の一節から引用されていることを後に知った。
 ブルーノ・ヤセンスキー(1901〜?)の死亡年は不明となっている。というのは、彼は、ポーランド出身の作家で、ポーランド共産党の弾圧でフランスに亡命し、そのフランスで発表した『パリを焼く』で、当時のポアンカレ政権からも追われ、亡命先のソヴエトでトロツキストとして獄死したという。
 『無関心な人々の共謀は』は、1937年、長編小説の第1部として発表されたが、獄死したことで未完作品となっている。
 この作品はドイツにおけるヒトラー独裁政権誕生への警鐘として書かれたが、ドイツ国会議事堂放火事件で、まずドイツ共産党への弾圧を開始したが、これがファシズムの台頭の兆しであり、後のユダヤ人を抹殺するホローコースまで暴走することには、多くのイツ国民自身気づいてはいなかったに違いない。
 それどころか1929年の世界恐慌と第1次世界大戦の賠償によってドイツ国家の財政は破綻し、大量の失業者が溢れ、社会状況は混迷の極にあった。
 その時、国民の不満をドイツ民族の優性を説き、他国への侵略によって解消するヒトラーの政策は、ドイツ国民の熱狂的な支持を得ることは容易だったに違いない。
 歴史の過ちの小さな火種は、国民が「無関心」によって燃えさかる炎にしてしまう。事の重大さに気づいた時には、手遅れとなってしまう。これは歴史の教訓である。
 今、丁度、DVD『帰ってきたヒトラー』を見終わったところである。映像作品としてはパロディー的であるが、今、ヨーロッパやくアメリカで吹き荒れている、移民排除や自国第一主義、政治のポピュリズムの風潮を見ると、背中に刃を突きつけられている気がする作品である。
 そして、わが国でも、とうとう5月19日、「共謀罪」法案が衆議院法務委員会で、自民党・公明党・政権補完政党の賛成多数によって強行採決された。
 安倍政権は、国民をいよいよ「見ざる」「聞かざる」「言わざる」の檻の中へ追い込もうとしている。この政権の暴走を今止めないと、この国は取り返しがつかない道へ導いていくであろう。
「無関心の共謀」の愚によって、わが国をかつて突き進んだ過ち侵さないためにも、口を開き、一歩踏み出そうではありませんか。
 次回は6月5日の芒種にお会いしましょう。

ページトップへ

(C)Copyright [ Toshio Iha ] All Rights Reserved.