かぎやで風
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遠い人にも身近な友にも(コラム) サトウキビ畑
石を踏んだ足の痛みではなく、踏まれた石の痛みに軸足を置きながら、その折々、考えたこと、言うべきことを記します。

地虫鳴き疾くとばかりの季をめくる (No.145)
白露/ 2010/ 09/ 08

 今、私は長野県内を忙しく走りまっている。それは、10月21日の信濃毎日新聞紙面を、多くの長野県民の名前で埋めつくす夢を実現するためである。
 私たちは、もうこれ以上の負担を沖縄県民に強いてはならないと思う良識ある人たちに、以下の四つのメッセーで訴えた。
 (1) わたしは、危険な普天間基地の閉鎖・撤去を求めます。
 (2) わたしは、沖縄県民の意思を踏みにじり、過重な基地負担と沖縄の自然環境を破壊する、新たな米軍基地の建設に反対します。
 (3) わたしは、アメリカ海兵隊をアメリカ国内に撤収させるために、真剣な交渉をアメリカ政府とすすめるよう日本政府に求めます。
 (4) わたしは、世界の平和を願い、日本の安全保障や平和を自分自身の問題として向き合い、世界反戦デー10月21日の信濃毎日新聞紙での意見広告に賛同します。
 この行動のきっかけは、6月18日、私は松川村立松川中学校の人権講演会に招かれたが、3年C組担任のK教諭から「講演後、私のクラスの生徒たちに、ぜひ、沖縄の話を、そして、生徒たちの疑問に答えて欲しい」と頼まれた。
 同校は昨年度、新聞を教育の場で活用する「NIE」の実践指定校となり、生徒たちは教室に備えつけてある全国紙4紙と信濃毎日新聞に目を通し、時事問題について日々、感想をまとめてきた。その中で、普天間基地移設をめぐる鳩山前首相の言動について、「公約違反だ」「言ったことを守って欲しい」と書いた。担任のK先生は、他人事としてとらえている生徒たちのまとめ方に違和感をおぼえ、沖縄県民の怒りの深さと真実を知りたいと、沖縄の地方紙を取り寄せた。
 その紙面から、本土紙とは段違いの紙面構成と熱気があふれていた。生徒たちも、その違いを読み取り、沖縄問題への新たな関心が生まれた。
 教室での私への質問も、まず、このことからはじまった。そして、どうして長野県では、沖縄問題にこんなにも無関心なのだろうか?その上、私たちが参加できる、沖縄問題への関わり方はないだろうかとも問われた。
 松川中学校3年C組の諸君、あなたたちから投げかけられた問題提起に、25人の呼びかけ人が動きはじめました。それが、「沖縄に新基地をつくらせない長野県民の会」の発足です。
 わたしの責任で、わたしができること。まず、10月21日、信濃毎日新聞の紙面を、良識ある長野県民の名前で埋めつくします。それがあなたたちから受けた、私たちからのせめてもの回答です。そして、その紙面には大人にまじって、あなたたちの名前も列記されていればと願っています。
 これまでわが国の平和と繁栄の代償として、ほとんどの米軍基地負担を沖縄に押しつけてきた、大人の私たちの責任ある第一歩を踏み出します。
  
「どこの社会もその社会を支配する論理と共通の存在様式を備えており、それは、社会の強力な構成員の保護を受けていない者、あるいは強い力をなくして社会に挑戦する人たちを抑圧し、彼らに重荷を与えている。このような社会において受け入れられた概念や流行の思想は独特の傾向を持っており、この概念と思想すべてを排除するには、これらを全く無意味なまでに解体、消滅させてしまう深遠な真理の意識と、これらの源泉よりも偉大で協力かつ優れた源泉の助けがなくしては不可能である」(イスラーム原理主義の「道しるべ」/ サイイド・クトゥブ/ 岡島稔+座喜純訳・解説/ 第三書館)

 次回は秋分の日、10月23日にお会いしましょう。
 
バックナンバー
幼子に合掌の影精霊舟 (No.144) 2010-08-22
「私が今、不安に思っているのは社会に対する関心が薄い人たちが増えてきたことです。自分の狭い世界を『ワールド』と呼んで、ひたすら自分のワールドに閉じこもる。友人や家族といった『自分ワールド』はあってもその外の人たち、外の世界が存在しない。つまり『他者』が存在しない人たちが増えています。社会性、他者性がない人たちは、社会からすると危険な存在となりかねません。『自分ワールド』の外側の人や世界に対して、何をするかわからない。自分だけの理屈で身勝手な行動をしたり、他者を平気で傷つけたりしかねません。こうした中、紙の新聞は子どもたちに狭い『自分ワールド』の外側に『社会というものが確かにあるんだ』という意識を持たせてくれます」(新聞で学力を伸ばす/ 斎藤孝/ 朝日新書)
七回忌記憶が渡る天の川 (No.143) 2010-08-07
「人間の対立と闘争、流血の現実を見てきた私は、はるかペシャワールから、『平和な日本』を心から憧れていた。宗教戦争も宗教裁判もこりごりだ。いったい他人の信心のあり方まで詮索は無用である。貧しい一信徒に過ぎない相手に、寄ってたかって陰で異端審問する精神構造こそが、私には異質である。そして本当のところは、誤解も非難も、それに対する自分自身の反論さえも、何だか底意地の悪さを見るようで、訳もなく哀しかったのである」(医は国境を越えて/ 中村哲/ 石風社)
咲きじまい寂の宵なり紗羅の花 (No.142) 2010-07-23
「財力や権力をかさに着て威張る人や弱い者いじめをする人は、強いからそうするのではない。その反対だ。自分が弱いものだから、自分より弱い者をいじめる。だから自分より強いものにはペコペコする。ほんとうに強い人は弱い者をいたわるものだ。わたしが困っているときに、はげまし助けてくれたのは、わたしと同様に貧しい人、いやしめられている人、しかし心のやさしい人たちだった。そうした人たちこそホントの人間といえないだろうか。世間という学校からわたしは、人間を見る眼をもらった」(高橋竹山に聴く/ 佐藤貞樹/ 津軽書房)
風鈴や古琉球めくる風の尺 (No.141) 2010-07-06
「私はこの追悼式への参列に先立ち、国立沖縄戦没者墓苑を訪ね、献花をさせていただきました。また平和の礎を訪れました。町を、家を、家族を奪われた県民の皆様の無念さを思い、言葉に表せない深い悲しみを覚えました。
悪夢のような戦により、文字通り焦土と化してから65年がたちました。沖縄は大きな悲しみを乗り越えて立ち上がり、ひたむきな努力を重ねてこられ、今日の姿を築き上げられました。
一方で、いまだに沖縄には、米軍基地が集中し、大きな負担をお願いし続けております。そのような負担を続けてきたことに対し、全国民を代表して、おわびを申し上げます。
他方、この沖縄のご負担が、アジア・太平洋地域の平和と安定につながってきたことについて、率直にお礼の気持ちを表させていただきます」(沖縄全戦没者追悼式 菅首相あいさつの一部/ 2010/06/23)
黒南風や独鈷(とっこ)の嶺も喰らい消ゆ (No.140) 2010-06-20
「アイヌという言葉は、アイヌ民族が誇りを持って自分たちを呼ぶ唯一の固有名詞であるのに対して、土人という言葉は、固有名詞ではなく、ほとんどの場合、愚かな未開人、または野蛮人という意味を込めて人を軽蔑していう軽蔑用語だと思います。ですからアイヌと土人は同じことだといわれますと、結局、アイヌは愚かな未開人か野蛮人ということになります。ですから、アイヌである僕は、アイヌを侮辱した軽蔑用語である土人と呼ばれることを認めることは出来ません。仮に土人という言葉を土着民という意味でいったのであるとしたら、現在、アイヌも和人も共にこの日本の土地で土着しているのですから、アイヌも和人も共に土人ということになります」(あるアイヌの生涯/ 中本俊二/ 日本歴史研究所)
オキナワで頬伝う涙(なだ)民の梅雨 (No.139) 2010-06-05
「欧米の集団安保体制に対し、日本は米軍頼みの『片務的』な安保政策という点で構造的な違いはあるにせよ、基地提供は施設行政であり、騒音対策や施設配置の法令、基準を米軍に守らせることは外交力によるだろう。グアムやイタリアでの基地の運用がなぜ日本はできないのだろうか。基地問題は主権の問題に通じている。
 沖縄の住民は無防備のまま、米軍に向き合わされている』(砂上の同盟/ 屋良朝博/ 沖縄タイムス社)
辺野古の地芭蕉玉巻き雨滴打つ (No,138) 2010-05-21
「伊波は沖縄で東京帝国大学を出た初めての文学士であったがゆえに『文学士』とは伊波普猷の代名詞として永く通用したほど、彼は明治の後期から現在にいたるまで、沖縄人最高の知性として存在しつづけた。その最高の知性が、沖縄と沖縄人の文化的優秀性とあわせて、『日琉同祖論』にもとづいて奮起をよびかけ〈同化=皇民化〉への道こそが沖縄人本来の進むべき方向であると示唆するとき、現実の差別や疎外が現実であればあるだけ、人びとは伊波が説く同祖論で自慰しながら〈同化〉への道に自己救済の願望を賭けて走りつづけるのであった」(琉球処分以後 下/ 新川明/ 朝日新聞社)
ひさびさの芳墨便や別れ霜 (No.137) 2010-05-04
「小さなグループには強い面と弱い面がある。強い面というのは、これは簡単には弾圧できないという点です。大きな全国組織は本部をつぶせば弾圧は可能ですが、小さなグループだと一々つぶして回っていたらたいへんです。つぶして、また再組織しないように監視していたらきりがない。弾圧に対する抵抗力は強い。
 しかし、そういう小さなグループが、軍備の問題、安全保障の問題、戦争の問題などで日本の政治に影響力を与えようということになると、それは非常に弱い。なぜならヨコの連絡がないからです。大きな組織なら政治に影響を与えることはできますが、小さな組織がばらばらにいくつあっても、それだけで影響を与えることは非常に困難です。
 しかし、そういうグループがたくさんあるということのはたいへん大事なことです。なぜなら、いつかある状況のもとでは、ヨコの連絡が突然できることがあるからです」(戦後を語る/ 加藤周一/ かもがわ出版)
鼓聴く国揺れし今風光る (NO.136) 2010-04-20
「二十一世紀の初頭に当たって私たちに暗示されるルネサンス的精神の第一にかかげられるのが『回帰』という哲学的思索でしょう。何としても、先ず立ち停まらねばなりません。胸に手を当てて、静かに考えて見なければなりません。私たちは進歩しているのか、退歩しているのか、と、考えるべきでしょう。私たちはシアワセを求めて、反って不幸を招きよせているのではないだろうか、と、あの『青い鳥』のチルチルやミチルの遍歴を思い出すべきでしょう」(地には豊かな種子を/ 小宮山量平/ Editor’s Museum 小宮山量平の編集室)

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